あの日つまづいてしゃがみこんでしまうほどの痛みさえ

正直全く意見がまとまらない。

意見がまとまっていないけど、なんとか言葉に残しておかないと、またモヤモヤすることになりそうだし、まとまらないなりに書いてみる。

 

彼についての印象的な場面を思い出しています。

10周年の秩父宮公演、ゲリラ豪雨で中止になった時。

呆然としているほかのメンバー(特に次のソロ曲ドリキャのピンク衣装を着て呆然としていた加藤さんを筆頭に)に比べ迅速に的確に、ファンの子を落ち着かせ、体調を心配し、スタッフを呼び、事実を述べ、対応策を説明していたのは手越さんだった。

この人はなんだかんだ冷静な人なんだなと思った。

 

次はネバランの和歌山公演。

某事件の犯人と手越さんが写真を撮っていた、かつ、コネチケ事件が発生していた時。

今思えば、この時から密かな不協和音はあったんだろうな。

知り合いの方からチケットを譲っていただき、その公演に最前2列目という席に入らせていただき、MC明けの彼の言葉を聞いた。

「このあと自分はスタッフに怒られるかもしれないけど、」と前置きしながら、自分の言葉で(100%の説明ではなかったけど)話していた彼を見て、密かに抱いていた不信が無くなっていったし、会場のファンも泣きながらその後のアイカミを観ていた…(今思うと異様な光景だな笑)

だから、どんなときでも自分の言葉で話す人なんだなと思っていた。

 

ネバランのオーラスで泣いたり、EPCOTIAのオーラスで泣いたり、泣けば良いってことでもないけど、彼は少しずつファンに心を開いているというか、少しずつ「大人になってきたんだな」と年下ながら思ったりもした。

 

なのになあ、全然わからないままふっと3人と私たちの傍から消えてしまったんだなあと思うとなんとも言えない気持ちになる。

立ち直れるとか立ち直れないとか、そういうことじゃなくてやっぱり太陽みたいな存在だったし、自担じゃなくても手越担の友達と話すのは楽しいし、手越担の友達が1番多いんだよね。今日の公演のてごちゃんのあれがよかったよね!とか、話せないのも哀しい。哀しいよ。ただひたすらに。

 

でも、申し訳ないけど怒ってる自分もいる。

3人があんなに声を震わせて謝ってるなか、自分は次のステージだとか、第2の人生だとか(言ってる人は違うけど)、言いたいことはわかるけど…余談だけど会社の先輩に「仕事は誠意」と言われたことがあって、日本企業はとくにそうだと思うんだけど、彼の「誠意」はどこにあったんだろう。まあ、誠意はわたしが感じてないだけなのかもしれないし、彼はそう思ってないだけなのかもしれないけど。

 

私の中で手越さんは顔が良いとか歌が上手いとかそういうことじゃなくて、秩父宮のときの冷静さもあったし、和歌山での自分の言葉で話してたのも、彼のアイデンティティ、アイドルらしからぬ言動かもしれないけど、出来る人だと思っていた。

けど、今回は(会見はする模様だけど)全く彼らしさが感じられないまま、突然終わった。

本当に冷静だったら、彼を1番心配してくれている人の意見を、彼を待ち望んでいる人の意見を聞いて行動するだろうし、自分の言葉で少しでも話そうとするだろう(出来なかったのもわかるが)。

これから自分だけの力で動いていくのであれば、いろんな責任がついてまわる。まあ、理解できない歳では無いと思うけど、きっととっても辛いはずだよ。

当たり前だけどわたしは3人についていくね。3人は、自分を責めちゃダメだよ。またドームに行こうね。

そしてどうか、目先の楽しさだけではなくて、自分の未来を彼らしく冷静に判断し、自分の言葉でちゃんと話してこれからも生きて欲しい。彼はいま、何をゴールとしてるのか分からないけど、その自分なりのゴールのために、これからも頑張ってね。